不妊治療ブログ・30代主婦の体験日記「不妊治療を始めたきっかけ」
これから不妊治療を始める皆さんへ
当サイトの管理人サヤです。
私は現在33歳で不妊治療歴は1年2か月。
24歳の時に1人目を出産しており、2人目不妊です。
金銭的な問題で不妊治療に挑戦できる回数も残りわずかになってきました。
自分が授かれるかどうかはわかりません。
ただ、悔いなく頑張ってきた事の証と、私の体験で不妊に悩むどなたかの力になればと思い、体験記をつけることにしました。
今回は私の不妊治療のきっかけや現状などをまとめて書いていきたいと思います。
不妊治療のきっかけ
「24歳で1人目を出産し、33歳の今2人目不妊」と書きましたが、かなり間が空いていることに疑問を持った方もいると思います。
私は結婚する前から「子供が産めないかもしれない」と医者から言われていました。
21歳の時に右卵管が腫れ、切除。
この時左の卵管の検査もしましたが、こちらもつまりかけで辛うじて通っているというような状態でした。
この時の担当医に「普通の人の妊娠確率が100%とするなら、あなたは今34%程度。これが25歳を境に1桁になります。」と宣告されました。
まだ結婚相手もいない段階で、4年後にはほぼ妊娠できない状態になりますと言われてしまったのです。
子どもが好きなのに、自分の子供が欲しいのになんで・・と一時期は外に出る気力もなくなるほど落ち込みました。
でも落ち込んでいたところで期限が迫るだけ「まだ妊娠できる確率はある!」と気持ちを切り替えて、生活していたところ今の旦那と出会い、子供が産めないかもしれないことを告げたうえで結婚。
なんとか24歳のうちに妊娠出産できました。
1人目を出産した後も夫婦ともに2人目が欲しいという願望はありましたが、医師に告げられた25歳も過ぎ自分の妊娠確率はごくわずか。
この状態で頑張りすぎても自分が壊れてしまう可能性もあるし、なにより1人産まれてきてくれたのだから、気を負うことはせず「来てくれたらいいね」と思いながら過ごしてきました。
そんな私たちのもとに数年後2人目が来てくれたのです。
2017年に2人目を自然妊娠。
子宮内環境が決していい状態ではなかったので、期待しすぎず、でも順調に育ってほいいと願いながら妊婦生活をおくっていました。
辛いつわりも乗り越え、6か月目の妊婦検診。
そろそろ性別がわかるかもとウキウキしながら病院に行ったことを覚えています。
ですがその日子供の性別を知ることは出来ず、告げられたのは「胎児が体内で死亡している」ということ。
5か月目の検診が終わった数日後に成長が止まっており、羊水がすでになくなっていることから手遅れだといわれました。
診察台の上で大声で泣き、看護師さんに抱えられるようにして診察室を後にしました。
その日のうちに手術することになり、医師から「申し訳ないけど形が残らない」と言われさらに号泣。
つい1か月前には手足をばたつかせて、おなかの中で元気に動いていた自分の子供の「形が残らない」ことに対しての悲しみはとても大きいものでした。
この経験があったことで、成功する確率が少なくても不妊治療をして、会えなかった2人目に戻ってきてほしいと思うようになったのです。
これまで行ってきた治療内容
初めは自分たちでタイミング合わせていたもののうまくいかず、病院へ通いタイミング法と人工受精を体調に合わせておこなっていましたがこれもうまくいきませんでした。
2019年の10月から体外受精にステップアップするも失敗。
2019年の12月に顕微鏡受精に切り替え、5つの胚を凍結することができ、この胚を2020年の1月に移植する予定です。
まとめ
不妊治療を進めていく中で、いろいろ疑問に思ったことをネットで調べる機会が多々ありました。
その時参考になったのは、個人の方が書いた日記調のブログ。
治療の副作用や感じたこと、辛かったことなどが記されていて、参考にさせてもらったり、頑張る勇気をもらえたこともありました。
私も自分が疑問に思って調べたことなどを中心に、今後記事作成をしていこうと思っています。
私が書いた記事も、誰かの参考になったり励みになることができたらとてもうれしいです。
最後まで読んでいただきありがとうございます(^^)